PAGE [27]
バンプ・オブ・チキン〜制作会社の出会いその2〜
藤原 「実は、あの大会をきっかけにして声かけてくれたのは、その制作会社の他にもうひとりいたんだよね。個人でマネージメント的なことやってるひと。そのひとが電話をしてきて、大会で観てすごい興味を持ったから他の曲も聴いてみたい、ライヴがあったら観たいって言ってくれて。しばらくは電話のやり取りで、テープ送ったりしてて、で、会いたいって言われて会ったの。そのときにもうひとり連れてきたんだけど、そのひとは破天荒な感じだったよね(笑)」
直井 「『お前らイギリス行けよ』とか、そういうひとだったよね」
藤原 「勉強しろって言ってCDもらったよね。『あ、これが業界人なのかな』ってふたり組だった、善くも悪くも。で、そのひと達が早速、某大手レーベルのひとを紹介してくれて。その人も俺らに興味持ってくれて。……なんかね、ちょっと怖かった、ある意味。何でも買う買うって言うの。『CDいっぱい買ってくれ、ウチの会社の名前で領収書切っといてくれ』って」
直井 「嬉しかったよね」
藤原 「でも怖かったでしょ、ちょっと。だから、全部CDとか買ってやるからいっぱい聴いて勉強しろっていう。あと、『お前らの楽器の音良くねえから楽器買おう』とか言われたりして」
直井 「買ってもらったよね」
藤原 「ていうか買わせた、って感じだった。『利用してやろう』ってところに落ち着いたんだよ(笑)。だからもう、悪なら悪でいいし、立ち回りは悪でもそれは音楽に対する純粋な気持ちだから、俺らの中では善だったから。もう全然、頭ひとつ下げずに上手に利用させてもらって。申し訳ない話だけどね」
直井 「でもやっぱ実際愛されてたよね」
「うん、そういうのはすごい伝わってきた。楽器買う時にしても『後で返せ』とか絶対言わないし。『ほんとにそれは君達の財産になると思ってやるから』みたいなことを言われて」
藤原 「でもね、ある時、その会社のショーケース・ライヴに出されそうになったんだよね。 ショーケース・ライヴって説明がないまま、『デカい会場でライヴやるからお前らも出ろよ』って言われて。やってみたいじゃん、デカいとこで。で、やろうかなって返事をして。 で、さっき話した制作会社のひとにね、こういうライヴをやることになったんだって言ったの。そうしたら、『ちょっと待って、それショーケース・ライヴだよ』って、その実情を説明してくれて。要はだから、そのレーベルの財産という形でライヴに出されるわけじゃん。叩き売りに出されるわけじゃん。だから『そんなもんだったんだ、それは絶対ダメだ』って断ったの。そしたら『どうして僕らを信用して出てくれないんだ』っていうことになって、『いや信用するしない以前に、このライヴの精神を説明しなかったことは おかしいだろう』と。『僕らは確かにあなた方に恩も感じているけれども、義理で出ていいライヴじゃないと思うし、義理で所有物になっていいもんじゃねえし』って。丁重にお断りした。 で、それが縁の切れ目になったんだよね。『これをひとつの返答として受け取るから、これからは今までのようには応援できなくなる』って言われて。でもそれは当然のことだと思ったし。そこで俺ら『いやそれは違うでしょ』とか言い出したら、それこそ違う話だから。 それこそ甘えてるだけだから。……でも『これからも応援し続けるからね』って言ってくれて、それがすごい嬉しかった。 自分らの、そのひと達に対する意識ってのを恥じた。利用してやれ的な部分もあったからさ。 ……で、そういうことがありながらも、ファースト・ツアーやったりして。でも同じ年、'97年の秋ぐらいに、一旦バンドを休止することになるんだよね」

< prev / next >